東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2512号 判決 1981年5月26日
控訴人(原判決別紙選定者目録(一)選定当事者)
田宮洋史
控訴人(原判決別紙選定者目録(二)選定当事者)
川島健次
被控訴人
シェル石油株式会社
右代表者代表取締役
エフ・ダブリュー・ヒー・ベントリー
被控訴人
シェル化学株式会社
右代表者代表取締役
ティー・エイチ・コルビル
右両名訴訟代理人弁護士
松崎正躬
同
原慎一
右当事者間の賃金請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 (甲事件について)
(一) 被控訴人シェル石油株式会社は控訴人田宮洋史に対し、(1)一万九八五一円及びこれに対する昭和四九年五月二六日から右支払い済みに至るまで年五分の金員、並びに、(2)二六万九二〇一円及びこれに対する同年六月二六日から右支払い済みに至るまで年五分の金員を支払え。
(二) 被控訴人シェル化学株式会社は控訴人川島健次に対し、(1)二六二七円及びこれに対する昭和四九年五月二六日から右支払い済みに至るまで年五分の金員、並びに、(2)二万三四五七円及びこれに対する同年六月二六日から右支払い済みに至るまで年五分の金員を支払え。
3 (乙事件について)
(一) 被控訴人シェル石油株式会社は控訴人田宮洋史に対し、一万二八八四円及び内金一三八七円に対する昭和五三年一月二六日から、内金一三八七円に対する同年三月二六日から、内金一八五一円に対する同年四月二六日から、内金六九三円に対する同年五月二六日から、内金四八五七円に対する同年六月二六日から、内金二七〇九円に対する同年七月二六日から各支払い済みに至るまで年五分の金員を支払え。
(二) 被控訴人シェル化学株式会社は控訴人川島健次に対し、九五三〇円及び内金八三四円に対する昭和五三年一月二六日から、内金二〇七円に対する同年三月二六日から、内金一四六〇円に対する同年四月二六日から、内金四一七四円に対する同年六月二六日から、内金二八五五円に対する同年七月二六日から各支払い済みに至るまで年五分の金員を支払え。
4 訴訟費用は一、二審とも被控訴人らの負担とする。
5 仮執行の宣言
二 被控訴人ら
主文第一項同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因及びこれに対する答弁は、原判決事実摘示の当該部分記載のとおりであるから(但し、原判決四枚目表末行の「六月二五日」の前に「五月二五日及び」を加える。)、これをここに引用する。
二 抗弁
1(一) 被控訴人シェル石油は、原判決選定者目録(一)記載の控訴人田宮及び選定者ら(但し、一〇九番の「藤原ひろみ」を「藤原ひろ美」と訂正する。)と、別表一「選定者目録(一)に記載された者の入社年月日」の「入社年月日」欄記載の日に、また、被控訴人シェル化学は、原判決別紙選定者目録(二)記載の控訴人川島及び選定者ら(以下右選定者目録(一)、(二)記載の選定者並びに控訴人田宮及び同川島を「控訴人ら」という。)と、別表二「選定者目録(二)に記載された者の入社年月日」の「入社年月日」欄記載の日に、それぞれ労働契約を締結した。
(二)(1) 控訴人らは、被控訴人らとその各右入社日に労働契約を締結するに当たり、「会社の現行並びに適時会社によって変更される就業規則に拘束されることを承知する」旨の合意をした。
(2) したがって、被控訴人らの以下の各就業規則は、控訴人らとの労働契約の内容をなしているというべきである。
2 住宅手当についての就業規則
(一) 被控訴人シェル石油は、昭和三一年五月以来シェル労組(当時の名称は「シェル石油従業員組合」であった。以下右名称当時をもシェル労組という。)から住宅手当を新設するよう求められていたので、昭和三三年二月二七日これを新設するとともに、右手当を基準賃金として支給する旨シェル労組と協定し、かつ、右手当は基準賃金とすることを就業規則及びこれに基づく給与規則(以下「給与規則」はいずれも就業規則に基づくものである。被控訴人シェル化学の「給与規則」についても同じである。)によって定めた。このような定めをする以前から、被控訴人シェル石油は基準賃金体系をとっており、給与規則において、基準賃金は従業員が組合業務により欠勤をした場合には会社との団体交渉によるときを除いて右給与規則(二〇条)所定の方法により算出した日額を控除する旨定めていた(以下、この定めを「昭和三三年給与規則」という。)のであり、右の組合業務により欠勤をした場合は、ストによる不就業の場合も含む趣旨であった。したがって住宅手当は、これが導入された当初から、従業員の組合活動のための不就業及びストライキのための不就業のいずれの場合でも賃金控除の対象となるものであった(以下、ストライキのための不就業の場合の賃金控除と会社が控除の対象としないことを認めた以外の組合活動のための不就業の場合の賃金控除とを、両者を区別する必要のない場合には、まとめて「不就業控除」という。)。
(二) 被控訴人シェル石油は、昭和四一年九月二七日、次の点を含む給与規則の改正をした。(1)従来不就業控除の単位は一労働日とされていたが、新たに不就業時間をも控除の対象に加えることとし、また、(2)従来被控訴人シェル石油においては、前記のように、ストライキのための不就業は組合活動のための不就業の一態様として賃金控除の対象として扱われてきていたが、このことを給与規則上明文をもって定めた。この改正は昭和四一年一月ころから被控訴人シェル石油が改正案を示して、シェル労組の意見を聴取し、その合意をえて行ったものであり、また、被控訴人シェル石油は、右改正後所轄の労働基準監督署に右改正の届出を了した。したがって、右改正は適法に効力が生じたものというべきである。
(三) 本件における賃金控除がされた昭和四九年四月から六月並びに昭和五二年一二月から昭和五三年七月当時(以下右両時期を含めて「本件賃金控除当時」という。)における不就業控除に関する被控訴人シェル石油の給与規則は昭和四一年給与規則と同一であり、また、被控訴人シェル化学の給与規則も右昭和四一年給与規則と同一内容である。
(四) したがって、被控訴人らは、昭和三三年給与規則が定められた以後、遅くとも昭和四一年給与規則が定められた以後、被控訴人ら会社に入社した控訴人らとの間においては、労働契約に基づき住宅手当につき不就業控除をしうるものというべきであり、右規則が定められる以前に入社した者との間においても、右規則に基づき住宅手当の不就業控除が行われ、これが長年労使間の慣行として定着していたのであるから、右規則及び慣行は、労働協約に準ずるものとして右労働契約の内容を規律するに至ったものというべきであり、したがって、右の者らの労働契約も右規則どおりに変更されたものである。
3 家族手当に関する労働協約及び就業規則
(一) 被控訴人らとシェル労組との間には、昭和四六年五月一九日家族手当も含む賃上げ交渉が妥結したが、その際、(1)被控訴人らが、同年四月一日以後扶養家族を有する従業員に対して、家族手当を支給する。(2)家族手当は基準賃金とする。(3)したがって、家族手当は不就業控除の対象となること等を内容とする労働協約が成立した(以下「本件労働協約」という。)。なお、右(2)及び(3)の各事項は、右協約を記載した書面(乙第二七号証)に記載されていないが、労使間に右(2)及び(3)の各事項について合意が成立したものであり、のちに給与規則において明示されることが予定されていたので、右協定書に記載されなかったものである。控訴人らと被控訴人らとの労働契約は、右労働協約によって規律されるから、被控訴人らは、控訴人らとの労働契約に基づき、家族手当につき控除をなしうるものというべきである。
(二) 仮りに、右(2)及び(3)の各事項について、労働協約の成立が認められなかったとしても、被控訴人らは、昭和四六年秋、給与規則を改正し、右(1)ないし(3)の各事項の規定を設けた(以下これを「昭和四六年給与規則」という。)。被控訴人らは、右改正に先行したシェル労組との賃上げ交渉の過程及び昭和四六年六月二九日の団体交渉において、シェル労組と右改正について論議し、その意見を聴取し、また、同年五月一九日の団体交渉のうち、その交渉の内容を記載した書面(「団交ニュース」乙第二九号証)を従業員に配付し、かつ、同月二〇日家族手当は基準賃金であるが、今回の争議に限り不就業控除を行なわないこと、換言すれば今後の不就業については不就業控除の対象とすることを記載した書面(「賃金(家族手当を含む)の支払等について」乙第二〇号証の二)を従業員に配付したから、周知義務も尽くした。そして、被控訴人らは、その全国の各事業所における組合意見を徴して所轄労働基準監督署にその届出を了した。以上のとおりであるから、昭和四六年給与規則は適法に効力を生じたものというべきである。
(三) 本件賃金控除当時における不就業控除に関する被控訴人らの給与規則は、昭和四六年給与規則と同一内容である。
(四) 以上のとおりであるから、控訴人らのうち本件労働協約又は昭和四六年給与規則が効力が生じたのちに被控訴人らと労働契約を締結した者はもとより、その前に被控訴人らと労働契約を締結した者との間においても、その労働契約上家族手当は不就労控除の対象となるものである。
4 控訴人らは、請求原因二に主張のとおり、ストライキに参加し、その間所定の労働に就業しなかったし、また、賃金支給が認められた以外の組合活動に従事し、その間所定の労働に就業しなかったので、被控訴人らは、控訴人らとの右1ないし3に主張したような労働契約に基づき、給与規則所定の算定方式に従って算出した賃金額を控除したものである。
三 抗弁に対する控訴人らの認否
1 抗弁1(一)の事実は認める。
2 同2(一)の事実のうち、被控訴人シェル石油が昭和三三年二月二七日住宅手当を基準賃金として新設したこと、昭和三三年給与規則に被控訴人ら主張のような賃金控除の規定があったことは認めるが、その余は否認する。同(二)の事実のうち被控訴人シェル石油の昭和四一年給与規則に被控訴人ら主張のとおりの規定があったことは認める。同(三)の事実は認める。同(四)の主張は争う。
3 抗弁3(一)の事実のうち、被控訴人らとシェル労組との間に、昭和四六年五月一九日、家族手当を含む賃上げ交渉が妥結し、被控訴人らが同年四月一日以降扶養家族を有する従業員に対し家族手当を支給する旨の労働協約が締結されたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(二)の事実のうち被控訴人らの昭和四六年給与規則に被控訴人ら主張の規定が設けられたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(三)の事実は認める。同(四)の主張は争う。
4 抗弁4の事実のうち、本件賃金控除が控訴人らと被控訴人らとの間の労働契約に基づいてされたことは否認するが、その余の事実は認める。
四 再抗弁
1(一) 労働契約は、第一に従業員たる地位を得て職務に就くという契約と、第二に労働者が日々労働力を所定の時間使用者の処分に委ねるという契約とからなるものであり、賃金もこれに応じて、二つの部分、すなわち、従業員としての地位に対して支払われる性質を有する部分であって、労働者の生活保障のための性質を有する部分(以下「賃金の生活保障部分」という。)と、労働力の具体的提供の対価としての性質を有する部分(以下「賃金の労働対価部分」という。)とからなるものである。労働基準法(以下「労基法」という。)三七条二項は、割増賃金の基礎とされていない家族手当等は労働時間に対応した賃金でないことを認めているものであり、このような賃金の生活保障の部分は、ストライキ等により労働者が就業しない場合であっても控除しえないものとしているというべきである。したがって、賃金の生活保障部分は、会社と労働組合との直接、かつ、明確な合意がある場合(以下「労働協約のある場合」という。)は格別、会社が、一方的に、就業規則によってストライキ等により労働者が就業しない場合に控除しうると定め、これが労働契約の一部となるとしても、この部分は労基法三七条二項、二条一項、民法九〇条により無効であるというべきである。
(二) ところで本件において、住宅手当は、社宅の供与を受けている者と供与を受けていない者との経済的不均衡を是正するために新設され、もっぱら被控訴人らの従業員の居住形態によって支給の有無が定まるとされているのであるから、賃金の労働対価部分ではなく、賃金の生活保障部分に該当するものというべきである。また、家族手当は、これが導入された昭和四六年当時初任給の上昇により初任者と中高年層に属する従業員との間にあるべき賃金格差が縮小したので、これを是正するためと、中高年層に属する従業員における扶養家族との関連における生活費のかさみを解消するためとを目的とし、扶養家族の種類と数とにより一律に金額を定めて支給することとされたものであるから、日日提供される労働力に対応して交換的に支払われる性格のものではなく、賃金の生活保障部分をなすものというべきである。
(三)(1) 被控訴人らとシェル労組との間には、住宅手当及び家族手当について、ストライキのための不就業及び組合活動のための不就業の場合に、被控訴人らが右手当を控除しうるとする労働協約は存在していない。
(2) 仮りに、昭和四六年五月一九日シェル労組と被控訴人らとの間に家族手当を同年四月一日に遡って新設するとの協約が成立した際、右のような不就業控除を認める合意が成立したとしても、同年五月一九日家族手当が新設された次のような経緯に照らせば右合意は労基法二条、民法九〇条により無効というべきである。すなわち、当時、前年度の賃金協定が三月末をもって失効し、被控訴人らの同業他社のみならず、大多数の労働組合が春闘における賃上げ要求について妥結し、あるいは、収拾方向にあったところ、シェル労組は、右当時まで三波にわたる長期ストライキで被控訴人らの飜意を促したにもかかわらず、被控訴人らが家族手当の導入を撤回、あるいは、一部本給の繰入れを拒否し続けたため、闘争の長期化、泥沼化の回避と、労働者の唯一の生計の糧である新賃金の取得をこれ以上遅らせることは、労働者の利益に反するとの観点から、被控訴人らから何らの譲歩をひき出せないまま、やむなく妥結せざるをえなかったものである。ことに本件労働協約締結の場合、家族手当を含む賃上げ額についての合意が成立していたため、妥結が遅延したとしても、被控訴人らは、新たに失うものは何もなく、ただシェル労組側の消耗を待てばよい状態にあったのに対し、シェル労組側は、賃上げ交渉の妥結が遅れれば遅れるほど、労働者の生存権維持の唯一の財源である賃金の確保が遅れ、これを確保しようとすれば、労働者にとって全く不利益な不就業控除を承認せざるをえないという状態にあったものであり、著しい不公平な状態が労働関係に生じていたのである。このように、およそ労使対等の原則(労基法二条)からかけ離れた不平等な立場で労使交渉が行われ、その結果前記のような不就業控除についての合意が成立したものである。このような右合意の成立の経緯に照らすと、右合意は、労基法二条、民法九〇条に照らし無効なものというべきである。
(四) 被控訴人らは、給与規則によって、一方的に、住宅手当及び家族手当について、ストライキのための不就業及び組合活動のための不就業の場合、被控訴人らは右各手当を控除しうる旨定めたが、この規定部分、したがって控訴人らと被控訴人らとの間の労働契約のうち右規定部分を内容とする部分は、前記のとおり、公序良俗に反して無効というべきである。したがって、被控訴人らのした本件賃金控除は、無効というべきである。
2 住宅手当は、前記のように、社宅の供与を受けている従業員とそうでない従業員との経済的不均衡を是正するために設けられたものであるから、従業員がストライキ等のために就業しなかった場合、社宅の供与を受けている者は不利益を受けないのに対し、その供与を受けないで住宅手当の支給を受けている者については右住宅手当を控除の対象となると扱うことは、合理的根拠なくして両者を差別することになるから、住宅手当について不就業控除を認めた被控訴人らの就業規則の規定部分及びこれをその内容とする労働契約の部分は、民法九〇条に照らして無効というべきである。
3 前示のように、シェル労組と被控訴人らとの間に、昭和四六年五月一九日家族手当を同年四月一日に遡って新設するとの合意が成立したが、その際不就業控除についての合意は成立しなかった。しかるに、被控訴人らは、昭和四六年秋給与規則をもって、ストライキのための不就業及び組合活動のための不就業の場合に家族手当を控除すると定めたものであるが、この規定は、シェル労組及び控訴人らの同意なくして就業規則をその不利益に一方的に変更したものであるから、右改正前に被控訴人らと労働契約を締結していた者に対しては効力を生ずるものではない。
五 再抗弁に対する認否
1 再抗弁1の事実のうち、昭和四六年五月一九日シェル労組と被控訴人らとの間に、家族手当を同年四月一日に遡って新設するとの協約が成立したことは認めるが、その余の主張は争う。労基法三七条二項は、使用者が割増賃金の基礎の中に家族手当等を算入することを罰則つきで強制されないということを明らかにしただけであって、右条項があっても、家族手当等を割増賃金の基礎の中に算入するか否かは、使用者の自由に委ねられているものというべきである。
2 再抗弁2の事実は否認する。
3 同3の事実のうち、控訴人ら主張の合意がその主張の日に成立したことは認めるが、その余の主張は争う。
第三証拠(略)
理由
一 請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。シェル労組の結成から現在に至るまでの経過について、当裁判所が原審証人高梨孝輔及び同大倉圭四郎の各証言並びに弁論の全趣旨によって認定するところは、原判決の当該部分(原判決一五枚目裏2)記載のとおりであるから、これをここに引用する。
二1 抗弁1(一)の事実は、当事者間に争いがなく、(証拠略)の全趣旨を総合すると、同(二)(1)の事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。
2(一) 抗弁2(一)の事実のうち、被控訴人シェル石油が昭和三三年二月二七日住宅手当を基準賃金として新設したこと、昭和三三年給与規則には、基準賃金は、従業員が組合活動により欠勤した場合には、会社との団体交渉によるときを除いて、右給与規則(二〇条)所定の方法により算定した日額を控除する旨定められていたこと、同(二)の事実のうち、被控訴人シェル石油の昭和四一年給与規則に、(1)不就業控除の単位が一労働日のほか不就業時間も含められたこと、(2)ストライキのための不就業の場合の賃金控除が明示されたこと、並びに、同(三)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
(二) 右争いのない事実、(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、
(1) 住宅手当は、シェル労組(当時はシェル石油従業者組合であった。)が、社宅の供与を受けている従業員とその供与を受けていない従業員との経済的不均衡の是正を求めて被控訴人シェル石油に対し、その導入を要求したことに端を発し、昭和三二年一二月一七日を第一回として一〇回にわたる労使間の団体交渉を重ね、昭和三三年二月一七日基準賃金として導入するとの労使間に合意が成立し、この合意に基づいて、新設されたものである。シェル労組は、右団体交渉の過程で、住宅手当が基準賃金とされ、その結果不就業控除の対象となることに反対しなかったし、また、被控訴人シェル石油が同年四月二日給与規則にそのことを明示する改正をしたことに対しても異議を唱えなかった。
(2) 被控訴人シェル石油は、予めシェル労組との団体交渉の場においてその意見を聴取したうえ、昭和四一年九月二七日給与規則を改正し、不就業控除の単位が一労働日のみであったのを不就業の時間をも加え、また、ストライキのための不就業の場合もそれまでの取扱いをそのままとり入れて、賃金控除の対象とすることとした(これが昭和四一年給与規則である。)が、シェル労組は、被控訴人シェル石油に対し、右改正に異議を述べない旨の書面を差し入れた。そして、被控訴人シェル石油は、右改正後、所轄の労働基準監督署に右改正給与規則の届出をした。
(3) 右改正後住宅手当は、しばしば不就業控除の対象とされたが、本件賃金控除に至るまで格別従業員及びシェル労組から異議が出されたことはなかった。
(4) 本件賃金控除当時における不就業控除に関する給与規則の定めは、昭和四一年給与規則におけるそれと同じである。
以上の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。そして、右認定の事実と前示二1の事実によると、控訴人らのうち昭和四一年九月二七日以後に被控訴人らと労働契約を締結して入社した者はもとより、それ以前に労働契約を締結して入社していた者についても、本件賃金控除当時、住宅手当については不就業控除の対象となる旨の労働契約が成立していたものというべきである。
3(一) 抗弁3(一)の事実のうち、被控訴人らとシェル労組との間において、昭和四六年五月一九日家族手当を含む賃上げ交渉が妥結し、被控訴人らが同年四月一日以降扶養家族を有する従業員に対し家族手当を支給する旨の労働協約が締結されたこと、同(二)の事実のうち、昭和四六年給与規則には、右家族手当は、基準賃金として支給するとし、不就業控除の対象となる旨の規定があること、また、同(三)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
(二) 右当事者間に争いのない事実、(証拠略)を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、
(1) 家族手当は、シェル労組が昭和四一年ころからその支給を要求していたものであるところ、被控訴人らは、昭和四六年四月二二日家族手当を同月一日から導入することをシェル労組に提示し、その後シェル労組と団体交渉を重ねたが、被控訴人らは、家族手当を基準賃金として支給するとの方針のもとに、このことを同年五月一〇日及び同月一九日の団体交渉において、シェル労組に明らかにしていた。これに対し、シェル労組は、家族手当が基準賃金とされ、したがって、不就業控除の対象となることについては異論を唱えることなく、単に、右手当が時間外労働、休日労働の割増賃金の基礎とならないことについて不満を述べたが、結局同月一九日の団体交渉において、被控訴人らとシェル労組との間に、<1>被控訴人らが同年四月一日以降扶養家族を有する従業員に対し家族手当を支給する、<2>家族手当は、基準賃金として支給されるものであり、したがって、不就業控除の対象となる、との合意が成立し、右<1>の事項のほか賃上げに関する事項を記載した「賃金の改訂に関する協定書」が作成され、被控訴人ら及びシェル労組の各代表者が記名押印をした。
(2) 被控訴人らは、昭和四六年秋、抗弁3(二)において被控訴人らが主張するとおりの経緯、手続を経て、給与規則を改正し、昭和四六年給与規則を作成した。
(3) 本件賃金控除当時における家族手当に関する被控訴人らの給与規則は、昭和四六年給与規則と同一内容である。
以上の事実を認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定の事実によれば、被控訴人らとシェル労組との間には、昭和四六年五月一九日家族手当を含む賃金についての労働協約が成立し、その内容は、右(1)の<1>の事項のみならず、<2>の事項をも含むものであったというべきであり、右協約成立までの前記経過に照らせば、右<2>の事項が協定書に記載されていないことをもって、この事項についての合意の効力を否定することはできないというべきである。のみならず昭和四六年給与規則も適法な手続を経て成立したものというべきである。そして、以上の点と理由冒頭二1の事実とによると、本件賃金控除当時までに、家族手当が不就業控除の対象となることは、被控訴人らと控訴人らとの間の労働契約の内容をなすに至っていたものと認められる。
4 抗弁4の事実は、本件賃金控除が控訴人らと被控訴人らとの間の労働契約に基づくものであるとの点を除いて、当事者間に争いがなく、本件賃金控除が控訴人らと被控訴人らとの間の労働契約に基づくものであることは既に認定したとおりであるから、被控訴人らの抗弁は理由があるものというべきである。
三 控訴人らの再抗弁について
1 控訴人ら主張の再抗弁事実のうち、昭和四六年五月一九日被控訴人らとシェル労組との間に、家族手当を同年四月一日に遡って新設するとの協約が成立したことは、当事者間に争いがない。
2 再抗弁1について
賃金は、一般に、労働の対価部分と生活保障部分とからなるとするいわゆる賃金二分論の当否並びに本件の住宅手当及び家族手当が右にいう賃金の生活保障部分に該当するかどうかはさておき、賃金の生活保障部分であっても、これが労働契約によって不就業控除の対象とされたときには、この合意を労基法三七条二項、民法九〇条により無効であるとはいえない。けだし、労基法三七条二項は、家族手当等同項所定の手当を割増賃金の算定基礎の中に算入することが強制されないことを明らかにしたものにすぎず、同項は、右手当を割増賃金の算定基礎に含ませることを禁止しているものではなく、したがって、右のような合意を無効とする根拠となるものではないからである。また、本件全証拠をもってしても、昭和四六年五月一九日のシェル労組と被控訴人らとの合意(本件労働協約)が、控訴人ら主張のような著しい不公平な状態で、労使対等の原則(労基法二条)からかけ離れた不平等な立場のもとに成立したとの事実を認めるに足りないから、右合意が労基法二条、民法九〇条により無効であるとの控訴人らの主張は、採用することができない。
3 再抗弁2について
住宅手当は、シェル労組が従業員のうち社宅の供与をうけている者とその供与を受けていない者との経済的不均衡を是正するためにその導入を要求したことに端を発して設けられたものであることは、既に認定したとおりであるが(二2(二)(1)参照)、社宅の供与を受けた者がストライキ等により就業しなかった場合、その不就業に対応して社宅の使用を禁ずることとされていないのは、このように禁止をすることが、事実上不可能であるため放任されているものであると推測されるから、不就業に対応して控除の範囲を容易に算定でき、かつ、その控除の可能な金銭給付の形態をとる住宅手当を不就業控除の対象としても、社宅の供与を受けている従業員とそうでない従業員とを合理的理由なくして差別的取扱をしているものとはいえない。したがって、再抗弁2も理由がないものというべきである。
4 再抗弁3について
前認定のとおり昭和四六年五月一九日成立したシェル労組と被控訴人らとの間に成立した本件労働協約には家族手当は基準賃金とすること、したがって不就業控除の対象とするとの合意も含まれていたのであるから、再抗弁3はその前提を欠き、失当というべきである。
結局、控訴人らの再抗弁はいずれも理由がない。
四 以上認定したところによれば、控訴人らの本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴はいずれも棄却を免れない。
よって、民訴法三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園田治 裁判官 菊池信男 裁判官 柴田保幸)